史跡② おつぼ山神籠石

今から1300年以上前に造られた朝鮮式ちょうせいんしき山城やましろです。学者の間で神籠石こうごいしが神様をまつる場所なのか、山城なのかが長らく議論ぎろんされていましたが、山城やましろだと初めて明らかにされたことで有名です。国史跡に指定されました。

663年の白村江はくすきのえの戦いの後、防御ぼうぎょ施設として造られた可能性が高く、約1.9㎞の列石(一部欠落)、アーチ状の第1・第2水門、東門、版築構造はんちくこうほう(図のように土を突き固めて作る工法)の第1土塁などがよく残り、立岩たていわ立岩付近が列石の原材料地と考えられます。

参照:㊹ おつぼ山神籠石 詳細解説

参照:橘町のみどころより 歴史シリーズ④ おつぼ山神籠石

参照:武雄市の文化財 おつぼ山神籠石のパンプレット

参照:おつぼ山神籠石 第一水門

参照:おつぼ山神籠石 第二水門

参照:おつぼ山神籠石 東門

おつぼ山神籠石の列石
第2水門
版築工法のイラスト
神籠石東門

神籠石(こうごいし)

白村江の戦い(はくそんこうのたたかい、はくすきのえのたたかい)

編集:橘町歴史研究会 宮下

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