2025年8月22日 by admin 史跡⑦ 形右衛門窯跡 小野原旧窯きゅうかまの廃窯はいように伴い、古川形右衛門ぎょううえもん(古川製陶所の先祖)という人が明治めいじ44年に12室の登り窯のぼりがまを築いたことに始まります。上位の3室は幅4間(7.2m)以上もある大きなもので、当時は東洋一とうよういちを誇ほこっていたといいます。(野田伝のだ つたえ「橘町の甕窯かめかまに就ついて」)。 製品は三石さんこく(540リットル)入りの大型をはじめ、大小様々の甕かめや鉢はちが焼かれていました。当時は県内でも珍めずらしい自家用じかようトラックで鹿児島かごしまの焼酎しょうちゅう工場こうじょうへ直送ちょくそうした(一般的いっぱんてきには港から船積ふなづみ)そうです。 小野原旧窯跡・形右衛門窯跡位置図 甕利用のイメージ写真黒酢仕込み風景 形右衛門窯跡の甕 Tweet Pocket Post Views: 1