靭山神社

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靱とは皮製でこれに矢をさし背負う道具のことである。為朝は弓の名人であった。
為朝の死後、この地区にもらった為朝愛用の靭をここに埋め靱山神社とし為朝をしのんだのである。
石祠には正面に「靱山神社」と刻まれ、右側には「明治三十三年 庚午十一月建立」と刻まれていた。
蓮池藩であったためか「ダキミョウガ」の紋章がきざまれていて、戸は観音開きである。

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