石棺とは、石を加工して棺にしたお墓のことです。
神籠石調査の時※1 に箱式石棺が2基見つかりました。中央の1基から直径9cm※2 の仿製鏡(日本で造られた鏡)が見つかっています。
また別の石棺から人骨も見つかっています。調査以前にも1基が八郎社の南に露出していましたので、全体では3基みつかっています。弥生時代から古墳時代にかけての遺跡です。
※1橘町郷土史ではミカン園造成時、ゆか里では神籠石調査時の発見と記載
※2橘町郷土史では直系9cm、ゆか里では10cmと記載

仿製鏡(ぼうせいきょう、または倣製鏡)
仿製鏡(ぼうせいきょう、または倣製鏡)とは、弥生時代後期から古墳時代にかけて、東アジアで主流をなしていた中国の青銅鏡を模倣して日本で作られた銅鏡のことです。中国大陸で作られた「舶載鏡(はくさいきょう)」と呼ばれる鏡が日本に伝わり、それを参考に日本の技術で鋳造されたもので、日本で作られたものが特に多いのが特徴です。
特徴
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模倣品であること:中国の銅鏡の文様や形をそのまま模して作られています。
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日本製であること:日本列島で製造された銅鏡です。
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弥生時代後期から古墳時代に作られた:弥生時代後期から古墳時代にかけて制作が盛んに行われました。
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副葬品として出土:古墳時代には有力者の権威の象徴として、墓に副葬品として埋められることが多かったと考えられています。
舶載鏡(はくさいきょう)
舶載鏡とは、古代に中国で製造され、日本に伝来した銅鏡のことを指します。弥生時代から古墳時代にかけて、中国からの様々な種類の舶載鏡が伝わり、日本の古墳時代における銅鏡文化の発展に大きな影響を与えました。これらの鏡は、祭祀用具として使われるだけでなく、中国との文化交流の証拠としても重要な考古資料となっています。
舶載鏡の時代と種類
舶載鏡の意義
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文化的交流の証拠:舶載鏡は、当時の日本と中国との間の交流、特に大陸からの高度な文化や技術の伝播を具体的に示す資料です。
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祭祀の道具:この時代の鏡は、顔を映す実用品というよりも、その輝きを用いて太陽光を反射させるなど、神聖な儀式や祭祀に使われたと考えられています。
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国産鏡(倭鏡)の基礎:舶載鏡は、日本で独自のデザインを持つ国産鏡(倭鏡(わきょう))が作られる際の模倣の対象ともなり、日本の銅鏡文化の発展の基礎を築きました。