史跡③ おつぼ山第一経塚

平安時代末期まっきになると、政治・社会の混乱が増し「末法思想まっぽうしそう」が広がりました。そんな時代背景の中で「ただ念仏ねんぶつとなえるだけで往生おうじょうがかなう」という浄土教じょうどきょうは大変魅力的で、人々に浄土思想じょうどしそうが広まりました。

経塚きょうづかは、平安時代の人々がお願いごとをするために、経典きょうてんを埋めて祈ったものです。2つの経塚は、神籠石こうごいし調査の時に見つかりました。青銅製せいどうせい経筒きょうつつに金粉がってあったらしいと郷土史『ゆか里』に書かれています。

おつぼ山第1経塚の発見状況(佐賀県の経筒から)
おつぼ山第1経塚の経筒(佐賀県の経筒から)

末法思想(まっぽうしそう)

浄土思想(じょうどしそう)

経塚(きょうづか)経津(きょうづ)・経筒(きょうづつ)

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