橘公民館の裏から登った所に「靭山神社」の石祠がありますが、2つの経塚はその前にあったそうです。「佐賀県の文化財13」という調査報告書には、「第1経塚に近い列石内部にも経塚が発見されているが、すでに掘り起こされ遺物は存在していない。」と書かれ、出土遺物はなかったようです。
靭とは矢をさして背負う道具(下図参照)の事です。鎮西八郎為朝がおつぼ山の頂上に城を築いたという伝説が残り、弓の名人であった為朝の死後、愛用の靭を埋めて神社として為朝をしのんだと郷土史「橘町史跡めぐり」にあります。
(靭神社とは別に、第2水門から登った所に八郎さんも祀ってあります。)
参照:おつぼ山第一経塚

